2008.05.29(Thu)
@IT自分戦略研究所「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論
西垣氏は伊藤忠商事の取締役会長丹羽宇一郎氏の「入社して最初の10年は泥のように働いてもらい、次の10年は徹底的に勉強してもらう」という言葉を引用し、「仕事をするときには時間軸を考えてほしい。プログラマからエンジニア、プロジェクトマネージャになっていく中で、仕事というのは少しずつ見えてくるものだ」と説明。これを受けて、田口氏が学生に「10年は泥のように働けます、という人は」と挙手を求めたところ、手を挙げた学生は1人もいなかった。
色々と物議を醸しているようです。で、やっぱりここのリアクションが一番面白い。
池田信夫blog 10年は泥のように働け
これは伊藤忠の丹羽宇一郎会長の言葉で、このあと「最後の10年はマネジメントを大いにやってもらう」と続くそうだが、これじゃ霞ヶ関の役人と同じだ。若いときは「雑巾がけ」で会社にご奉公し、年をとってから楽なマネジメントで取り返すという徒弟修業型のキャリアパスは、組織が永遠に不変で、自分がそこに定年まで終身雇用で勤務するという前提でのみ成り立つインセンティブ・システムである。
私にも「泥のように働いた5年」がありますが(あくまで広告業界で・・・)、その経験が今の礎になっているという小さな自負がある反面、もっと別のやり方があったよなぁ、という後悔の想いもあります。
会社の後輩を傍から見て「そんな苦労知らずじゃ絶対にダメだなぁ」と思うこともあれば、「(自分がしてきたような)がむしゃらに苦労を経験するだけじゃ、この先やっていけないよ」と余計な心配をすることもあります。
いずれの自己否定もきっと、「古い価値」とそれに対する「価値観」が揺らいで、「新しい価値・価値観」が取って替わろうとしている、、まさに時代が大きな変革・転換期の真っ只中にあるのだなぁ、というぼんやりとした想いがもらたしているのだと思います。
ただ、世代的なものなのか何なのかよくわかりませんが、古いモノに対する郷愁じみた想いはないし、新しいモノへのアレルギーもないのです。
こんな時代に立ち会えるのだから、絶対にお得だと思っています。
それは間違いないはず。
表題の「Science advances funeral by funeral」は池田氏のブログに寄せられたコメントによると、以下の意味があるそうです。
「科学は葬儀を重ねて進歩する」
新しい科学的な真実はその敵を納得させ彼らに光を見させることによっては勝利をおさめない、むしろ、その敵が結局死に、新世代が育つことによって勝利をおさめることが普通である
メディアや広告の未来を占うにあたって、大きな示唆があるような気がします。
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